オピニオン

「日本」真の救いの道

投稿者
web_news
投稿日
2020-06-11 21:02
閲覧数
275
1.  今までどのように信じたか?

私は、日本の国の牧師です。以前はある教団に属していて、2 年の神学過程を終えて任地を決める時、自分の心では一番行きたくない故郷に神様は導きました。小さい一軒家を借りて、近くには頼る親、兄弟、知り合いもいない環境の中で看板を掲げて開拓伝道が始まりました。教団からの援助もなく給料もありませんでしたが、マタイ 6:26「空の鳥を見なさい、種まきもせず、刈り入れもせず、倉に納める事もしません。それでも、あなたがたの天の父は養っていて下さいます。」この御言葉をもって神様だけを頼っていこうと決心しました。しかしその決心もつかの間で、生活困窮がきたり、家賃未払いがあったり、雪が降り積もり外に出られない状態で、ひとりの求道者も来ない時は、心が落ち込み自分自身の呵責に苦しみました。でも、その姿はペテロのように自分を信じて「たとえ、あなたと一緒に死ななければならないとしても、あなたを知らないなどとは決して申しません。」と、自分が決心して主に従っていこうとしていました。何故そんな思いがくるのか、罪が残っている証拠でもありました。以前の教えの問題点は洗礼を受けて、霊の祈りさえしたら救われたといい罪の赦しの何であるかもわからず形式儀式に行う事であり、御言葉で導く事もありませんでした。

2. 私たちの教会と今まで学んできたものとどのように違うのか?

洗礼と霊の祈りの行いで罪から赦されたと導いてきましたが、行いでなく、聖書の御言葉をもってはっきりと心の中の罪が赦された確信が与えられる事が真の救いの道だという事がわかりました。

3. どのような言葉を通して、信仰の確信、罪の赦しの確信を持つようにされたか?

私は、以前罪の赦しのバブテスマを受けたので、ガラテヤ 2:20「もはや私が生きているのでなくキリストが私のうちに生きておられるのです。」とこの御言葉の通りにキリストが完全に私の中におられると自分なりに受けとめていました。
でも、牧会をしながら自分の心に闇がある事を感じていました。しかし、2 年前に「あなたは 100%悪で善を成す力が全くない人だ」と、ロマ 7:21「その私に悪が存在するという原理を私は見出します。」ロマ 7:20「もはや私でなく、私のうちに住んでいる罪」ロマ 7:24「私は本当にみじめな人間です。」今だ、罪人であったことを発見し認め「だれがそんな死のからだから私を救い出してくれるでしょう。」と、
ヘブル 10:14「ひとつのささげ物によって永遠に完成されたからです。」イエス・キリストの血潮によって、私ははっきりと救われました。何という喜びでしょうか。私には罪がひとつも残っていません。ロマ 3:24「神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いを通して価なしに義と認められるからです。」ただ神の恵みによる信仰の確信を得る事ができました。

4. 今後の信仰はどのようにしたいのですか?

今回、パク牧師先生の聖書セミナーをお聞きし、聖書の中にある約束の御言葉をそのまま受け取り、人間的には不可能に見えても、自分の心で受けとるのでなく、イエス様の信仰で受け取れば全ては、祝福になることを教えられてそのように、全ての事神様の恵みだけで導かれていきたいと望みました。
栄光を主にお捧げ致します。